僕は動けない。もうずっとベッドの上にうつぶせになったままでいる。
握りしめたカッターは手のひらからすべり落ちていった。
床が汚れるな。痛いのって我慢しすぎるとよくわからなくなるんだろうか。
部屋の中が暗いのか、何も見えていないのか。
目を瞑って遠のく意識に集中する。
ときどき戻ってくる鈍い痛みがひいていくように、と願う。
そういえば誰にも何も言わなかったことを思いだした。
別にその必要もなかったからそうしなかったけれど。
手を伸ばせば届くはずの場所からケータイの着信音。
いつもよりうるさく感じられないのは気のせいか。
無理だよ。出られないよ。動かないもん。
あきらめてくれないかな、と思った頃、本当にあきらめたように音が止まる。
それでいいんだよ。たいした用事なんかないでしょう?
朝から鳴らしっぱなしのラジオから音楽が流れる。僕の一番好きな歌。
「しばらく会っていない友達が元気でいるかどうか気になります
もし聞こえていたらメールくれると嬉しいのだけれど
個人的すぎるかなとは思いましたが、番組宛てにメッセージを
送らせてもらいました」
聞いているといいのにね、とDJはトーンを落とした声で言う。
大丈夫。こんなことしたことも、返事がこないことも、
誰に宛てたものかさえ、すぐに忘れるよ。きっとね。