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空想少年通信

「空想少年はテキストデータの夢を見るか?」の人のつれづれブログ。日記ともはてなダイアリーのヤツともつかないものを。

ライカ・ケイム・バック(第5回短編小説の集い 参加作)

はじめに

これは「短編小説の集い のべらっくす」さんの企画によるものである。


【第5回】短編小説の集いのお知らせと募集要項 - 短編小説の集い「のべらっくす」

普段からわりとこういうのに参加しよう参加しようと思って、気がついたときには募集期間がおわっていることが多いので、あーあ、がっかり、みたいなことになっていたりする。今回はタイミングが合ったので(というかアイデア出しの段階で出てきたものを順に書いていっている感じであるが)参加してみることにした。イベントの準備の現実逃避ともいう。テーマは「猫」だそうだ。

猫なのに名前がライカ。ライカはカメラじゃなくて、宇宙に行った犬のこと。ライカは飼い主に似て宇宙が大好きだ。というところから始まったなんてことのない話。3600字弱。

では、以下からどうぞ。

「ライカ・ケイム・バック」

ふと、自分が猫だったことを思い出す。
一緒に住んでいた犬のように悪そうな人を追い返すことができるわけでもなく、人間たちが昔から言い伝えてきたようにねずみを捕るわけでもなく。ただひたすら飼い主の部屋へじゃましをに行っては膝に乗り、飼い主と同じ本を眺めて、自分がそれを読んで理解したような気分にひたるのが好きだった。
飼い主の夢は宇宙飛行士。ただ、飼い主、困ったことに気が弱い。人と争うようなときになればすぐに自分が身を引いて譲ってしまうのだといつも笑う。なりたかったものも、好きだった人のことも、何もかもそうだから僕はだめなんだよ。そういってその日も宇宙に関する本を読んでいた。
あるときぼくは飼い主が読んでいた本に書かれた、文字を手で――実際は前足だったけれども――押さえた。これだ。飼い主とぼくとで一緒に宇宙に行けばいいのだ。これなら気の弱い飼い主でもなんとかなるのではないだろうか。難しい字がたくさん並んでいて、詳しいことはわからないけれども、動物が宇宙でどのように行動して変化するかを調べるというものがあるそうで、宇宙へ飛び立つ代表を探していると書いてあるように読めた。ぼくは手でその部分を飼い主に指し示す。
「ライカは宇宙に行きたいの?」
ぼくだけじゃないよ。飼い主も行くんだよ。一緒なら行けるよ。ぼくと一緒だったら大丈夫だよ。
ぼくはそう伝えたつもりだった。どれだけ話をしても、うにゃうにゃ、なあなあと鳴くだけだったからどれだけ伝わったかわからない。
「これはねえ、ライカ。昔ソ連ていう国があったときに、宇宙に行った犬の話なんだよ。今はそんなことはしてないんだ」
ぼくにライカと名前をつけたのは飼い主だ。宇宙に行った犬の名前をぼくのような猫につけてどうするんだと思ったりもしたが、一緒に住んでいる犬の名前がスプートニクだったから仕方ないのかもしれなかった。
じゃあ一緒に行こう。ぼくを宇宙に連れてって。
そんなふうに人間の言葉で言えたらよかったのだ。もしかしたら飼い主に伝わって、一緒に宇宙に出られたかもしれなかった。誰よりも優しくて、誰よりも頭のいい飼い主だったから、宇宙飛行士になるなんてわけもなかったはずだ。
 
 
気がつくとぼくは小さな箱に入れられて、息苦しい建物の中にいた。
「ライカ。しばらくがまんするんだよ。帰ったらまた一緒に本を読もう」
姿の見えない、この優しい声は飼い主の声だ。どこにいるの。どこにつれて行かれるの。
そのままぼくは押しつぶされそうな感覚と暑さと音と、すぐにわけがわからなくなって、たぶん気絶したんだと思う。この一瞬しか覚えていなかった。
 
 
次に気がついたときはもう人の形になっていた。今までいたところとは違う、とても乾いた場所にぼくはいた。そこは自分と一緒の建物から放り出された連中のほかには、誰も見つからないところだった。ここはどこだろう。
ぼくはすぐに建物にもどって、教わったとおりに機械を動かし、飼い主の声を聞こうとした。うにゃうにゃいうだけでわかってくれるだろうか。ぼくがライカだってわかってくれるだろうか。
「応答してください。地球、管制センター。こちらは」
それ以上は機械が動いてはくれなかった。ぼくたちはこのとても乾いた場所に捨てられたみたいになってしまった。ぼくはよくそうしたように腰を大きく曲げ、そらせて、伸びをする。うまい考えが浮かぶかもしれないと思ったからだ。
「お前猫じゃないんだから、なにそんなポーズ取ってんだよ」
一緒にいるやつらは笑う。ぼくは猫だったじゃないか。
まだわかっていなかったのか、という顔でぼくを見る。
「なぜここに送られてきたか知ってるか?」
ぼくは知らない、と首を横に振った。
人間は俺たちを捨てたんだ。人間の言葉をわかって、人間と同じことができるようにまで変えたのは人間なのに、手に負えなくなったから捨てたんだ。彼らは怒っているようだった。そして同じように諦めているようでもあった。
しかたないさ。こんなことになるなんて誰も思ってなかったんだろう。ただ同じ言葉で話ができればいいくらいのつもりでいたのかもしれない。もしかしたら最初からここに送るつもりでそうしたのかもしれない。わからない。
ぼくが建物と思っていたのは、壊れた宇宙船だった。地球から遠く離れた星に生物が生存できるかどうか検証するための実験材料として送られたのだとようやく理解した。
ぼくたちは生きていくために必死だった。食料、居住区、道具、すべて自力で何とかした。人間を憎むものもいたが人間から渡された力と技術にぼくたちは生かされていることも事実だった。
人のような、人でないような、なぜここに送られてきたのかわからないものたちが少しずつ増えていった。ぼくたちはそのたびに秩序を乱さないようにするのに必死だった。争い、略奪、暴動、ぼくが知っているかぎりの悪いことはおきた。疲弊して衰退していくコロニー、ほかを押さえつけることで勢力を増すコロニー、それは昔地球にいたころ、飼い主と一緒に見たテレビの中の世界と同じだった。
少しでも見た目が違えば徹底的に排除され、ひどいときにはその場で殺された。嗜好品やそれに類するものを多く持つものは富を集め、力をつけていった。その中でぼくは集団に属することに疲れ、コロニーから離れたところに居を構え、ほとんど隠遁生活のような状態になっていった。
ぼくは気づかれないように明かりを落とし、床に丸くなって眠る。頭からかぶる布は飼い主の好きだった色と同じだ。眠りに落ちそうなときに布に鼻を押しつける癖はまだ直らない。
夜が明ければ、自分たちが最初にいた建物からくすねてきた通信装置を少しずつ直す。直ったかどうかはわからないから、そのたびに空に向けて言葉を送る。こちらライカ。こちらライカ。飼い主、ぼくだよ。わかる? 地球がどっちの方角なのかもわからないのに。
 
 
突然、ぎゃあ、という声がしてぼくのいるあたりが騒がしくなった。
「ここには誰もいない。諦めて帰るんだな」
どこかで聞いたような声がする。これは誰の声だっただろう。
考えるまもなく、ぼくのいる建物の扉が開く。ぼくはとっさに身構える。
「ライカ。いるんだろう。俺だ」
よく見るとそれはスプートニクだった。どこにいてもわかる、ぼくよりも大きな体と迫力のある声。さっきの騒ぎもスプートニクが収めたらしかった。
「どうしてぼくだってわかったの?」
「なにいってるんだ。いつも一緒にいたじゃないか。今だって」
スプートニクがぼくを抱きかかえる。地球にいたころ、ぼくの首筋をくわえてあちこちに運んだときのようだ、と思った。ぼくはまだ混乱していた。どうやってスプートニクはここに来たんだろう。飼い主は?
「ぼくの通信が届いたの?」
「寝ぼけているな。よく見てごらん」
 
 
「あれ、ライカ。起きた?」
飼い主がのんきな声でぼくを持ち上げる。あんな大きな音がしたらびっくりするよねえ。そう言いながら出かけるときに入れられるかごにぼくを押し込んだ。ぼくは周りをどうにかして見回す。見たことのない家だ。
「ライカ、寝ぼけてんの? かわいいなあ。このままウチの子になんない?」
「やですにゃああ」
飼い主と初めて見る誰かが楽しそうに会話していた。笑っている飼い主を見ると落ち着くのがわかる。これは夢というやつですか。
「俺たちを見たいという人がいたから、かごに入れられてここまで来たのさ。俺はそのまま歩かされたけどな」
スプートニクの言葉にようやく状況がつかめてきた。飼い主の友達がぼくとスプートニクに会いたがって、呼べばいいのにわざわざぼくたちといっしょに友達の家に遊びに来た。らしかった。
「ライカ、車苦手だからね。気絶したんじゃないかと思ってひやひやしたよ」
なんだかよくわからないけれど、テレビの向こうではぼくがいたような遠い星がうつっていて、人とも動物ともつかないような(それこそぼくが見ていた人の形のなにかのように!)ものが動いて会話して戦っていた。寝ぼけて興奮して家の中を動き回ったらしい。
にゃあ。
テレビに向かって手を――もう足に戻っていたけれど――動かすと、飼い主は優しくぼくを押さえつける。
「ライカはこういうの好きだなあ。こういうの見ると絶対に反応するんだよね」
「なりきってるのかね。かわいい」
そうじゃないんだよ。ぼく、ここにいてひどい目にあったんだから!
にゃあ。飼い主の足をぱしぱしとたたく。ひとりにされてさみしかったんだから。
「ごめんごめん。SFなんか見るから混乱しちゃったんだよね。もう大丈夫だよ」
飼い主と、友達の手がぼくをなでる。優しい、あたたかい手だ。ぼくはふわりとおちついてきて、どちらかのひざに丸くなって目を閉じる。また意識が遠くなっていく。
お願いだからこのままこうしていて。次に見る夢はさっきよりも楽しいのがいい。