空想少年通信

素人物書きのつれづれブログ。

Hard to say I'm sorry.(第7回短編小説の集い 参加作)

はじめに

のべらっくすさんの企画です。自分が参加するのは3回目。お題は未来。久々の難問。某文芸サークルさんの毒というお題で書いて以来の難問でしたねえ。与太話はエントリーを改めますので、とりあえず。今回は一番ベタベタの、わかりやすくBLですな。苦手な方には申し訳ない。というかどうしてこうなった。たぶん4600字くらい。では続きを読む、からどうぞ。

novelcluster.hatenablog.jp

Hard to say I'm sorry

中学校を卒業して何年もたって、くたびれたおっさんになってしまったように思う。映画で見たような車の形をしたタイムマシンも、ピンク色のどこにでも行けるドアもあるはずもなく、毎日満員電車を乗り継いで朝からくたくたになって仕事をする。帰りだって遅い。
そんな中で無理やり誘われた同窓会。本当は仕事も終わらないし、飲んでる場合じゃないのだが幹事がどうしても来いというのだ。しかたない。ひたすら根回しをした上で、週末の繁華街に出た。
人通りの少ない駅前の道を歩くと、遠くからでもわかるやたらうるさい集団が見えてきた。たぶん自分のめざしているところだろう。もうあと10メートルというところで帰りたくなってしまった。彼らに会わないといけないほど懐かしく思うようなことがあっただろうか。
足の止まったタカギを幹事のサエキは目ざとく見つける。
「うっす。来ないかと思ったよ」
「帰ろうかと思ったんだけど」
動こうとしないタカギの背中を押す。んなこというなって。
「会わせたいヤツが来てるんだ。っていうかそいつが呼んでほしいっていってたんだけどさ」
文字通り背中を押され進んだ先にはイシザキがいた。
やんちゃそうな顔は子どもの頃から全然変わらない。タカギを見つけると、おう、と軽く左手を上げる。
「ごめんな。なんか無理やり来させて」
タカギは返答に困る。
 
中学の同窓会だが、小さな町のことだ、どの集まりでもほぼ同じ顔ぶれになる。当然小さな頃のどうでもいいようなことだって、ずっと引きずってネタにされるくらいだ。
イシザキがここ座っていいか、と隣に座る。返事なんか聞く気はないようだ。
「あれ、どっちが言い出したんだっけか」
「あれって何のこと?」
「ケッコンしようって」
隣に来たと思ったらやっぱその話か。だが、嫌な顔をするのも場違いだと思い、タカギはビールをあおる。
「最初に好きって言ってきたのはイシのほう」
「タカギなんか言ってきたっけか」
「なんにもわかんなかったから、僕も、って言ったような気がする」
「そっか。そんで俺がいつか結婚しようって言ったのか」
「もういいよ。幼稚園とかそんなの頃の話じゃん。あれ以上なにか言われるのは嫌なんだよ」
半分空いたコップにビールが注ぎ足される。ホントはこれまずくなるからやりたくないんだけどさ、とイシザキは笑う。お前すげえ飲みそうだもんな。んなことないよ。タカギはそのままテーブルにコップを置く。
「お、ラブラブじゃん」
「うっせえハゲ、黙れ」
「おでこが成長しただけですー」
うるさいのはお前らだろ。タカギは呆れたように大きく息をつく。歳をとってもする会話はなんにも変わらない。ゲラゲラ笑うやつらを横に置いたまま、視線を固定できないでいた。
「それでは、担任のシミズ先生より、お話がありまーす。たまには聞けよー」
サエキは学級会の当番のように大声で司会をする。シミズ先生がゆっくり立ち上がり、赤い顔をしわと笑いでいっぱいにして話しはじめた。今年定年退職のシミズ先生は、タカギたちの学年が一番大変だったと笑う。
「なんでも話してくれていいから、と言って、本当になんでも話に来てくれたのは君たちだけでした」
勉強のこと、部活のこと、家のこと、友達、好きな人、将来の夢。30代半ばの先生には或いは荷が重いこともあったのだろうというのは、働いている今なら容易に想像できることだ。
タカギは先生の声を気に留めながら、その頃のことを思い出していた。
この町から離れたいといったこと。すぐに出る必要はないと言われたこと。本当は別の理由なんじゃないかと聞かれて、何も答えられなかったこと。
幼い頃に交わした会話を誰かが覚えていて、自分だけならともかく、イシザキのことまで執拗にからかってきたこと。あのときは結婚式ごっこだかなんだかを始めて、タカギは生まれてはじめてクラスの中で大暴れをしたのだった。
「今日はタカギくんもきてくれて、よかったと思います。元気そうなのを確認できたので、安心して定年退職できます」
自分の名前がふいに出てきたのに気づき、びっくりして先生のほうを向いた。
「全員が全員、自分のなりたかった大人になれているかどうかは先生はわかりません。ですが、あのとき私に言ってくれたことを実現しようとがんばっていたことは、いまのあなた達の顔を見ればわかります」
何人かが、タカギたちのほうを向く。その視線に気がついて、すぐに下を向いた。
中学を卒業して、高校に入るタイミングで町を出たのだ。逃げたと思われてもしかたないとずっと思っていた。古い映画のように見送りがあったわけじゃない。もちろん、どこ行ったかなんか言うこともなかった。なのに。
 
「俺さ、タカギのこと、まだ好きよ」
「んだよ、急に」
「だって俺にだけ行き先教えてくれたじゃん」
「それは」
それは。くだらない会話も、他の奴らなら気持ち悪いと片づけるようなこともちゃんと聞いてくれたのはイシザキだけだったからだ。彼だけには嘘はつけないと思っていた。その時は。
だが結局、どうしたって誰かを酷い目にあわせているだけのような気がして、もともと自分からコンタクトを取りたがらない性格もあわさって、気がついたらこの歳までほとんど連絡もせずに来てしまったのだった。
「イシさ、怒ってる?」
「なんだよ。怒るわけないじゃん」
「今日、来るのやめようかと思ったんだよ」
隣に座って、ふたりして前を見たまま、話が進む。うん、なんかそんな気がしたから、サエキに引っぱり出してきてって頼んだんだよ。イシザキは、なんか飲む?とビール瓶とペットボトルを自分のほうに持ってきた。
「俺さ、シミズ先生に相談したんだわ。タカギのこと好きで好きでしかたないんですけど、って」
「なにそれ」
そんなこと初めて聞いた。タカギはイシザキの顔を今日初めてちゃんと見た。ような気がした。
「どうしたら両思いになれますか、って聞いたんだよ。俺馬鹿だろ」
「いつその話した?」
知らずのうちに語気が強くなる。イシザキは申し訳なさそうに眉を寄せて話を続ける。
「あの騒ぎの直前。誰か聞いてたんだろ。だから結局、ばれてあんなことになってタカギを暴れさせたのも全部俺が悪いんだよな」
なのにタカギ全部自分でかぶるから。イシザキは面倒になったのか、ビール瓶からそのまま飲みだした。
「先生はその時なんて言った?」
「あなたは少し未来を生きているようですね、ってさ」
「そらまた大胆な」
会場はすでに誰がどこにいたかなんか関係なくなっていた。二人が並んでいても誰も気にも留めない。
先生はさっきからずっと同じ場所にいて、ひっきりなしにくる元教え子のたいしたことのない話全てに笑顔で相づちをうっていた。
「いつか、時代が追いつくまでは大変かもしれないけど、誰かを好きでいる気持ちは忘れないでください、って言われたよ」
あの日。暴れたタカギはそのまま家庭科準備室に逃げこんだ。シミズ先生がいつもいる場所だったから、叱られることはあっても、追い出されることはないだろうと思っていた。
シミズ先生は何も聞かず、大泣きするタカギを椅子に座らせ、お茶を出してくれた。
「先に教室のみなさんをなんとかしてきますから、タカギくんはここにいてください。いいですか?」
そのまま先生は教室に向かった。教室でそのあとなにが起こったかはわからない。戻ってきたシミズ先生はいつもどおり穏やかに、どうして教室で暴れることになったのか聞いてきた。タカギは誰にも言えなかったことをシミズ先生だけには打ち明けた。
「いつかその話を、イシザキくんにもしてあげてください。きっと彼はわかってくれますよ」
シミズ先生は、最後まで叱ることもなく、そう一言、タカギに言った。
夕方、教室に戻ったときには誰もおらず、結局そのままイシザキに伝えることもできないままだ。
 
「あの時、先生、みんなになんて言った?」
「忘れた。でもあんなに怒ったところ、あれしか知らないな」
そろそろお開きだろ、という声が聞こえる頃、シミズ先生がふたりのところにきた。
「ふたりとも元気そうでよかったです」
穏やかに笑う顔はあの頃と何も変わらなかった。
「先生」
タカギは今まで言えなかったことがあった。伝えようとして伝えられなかったこと。本当はあのときに言うべきだったこと。
「どうしましたか」
「あの、あの時、ご迷惑をおかけして、本当にすみませんでした」
「タカギくんが大暴れしたと聞いてとても驚きました。でも、それを止められなかったのは私がきちんと指導しなかったからです」
「先生は教室で一喝したそうじゃないですか」
「人を尊重できないものが他人に認めてもらえるわけがない、といっただけですよ。あなたたちは、最初からその点は大丈夫でした」
もう一つ。先生にだけ言ってイシザキには言えなかったこと。イシザキは先生にも自分にも言ってくれたことなのに。もういい大人になって、素直になるも何もないのだけれど。タカギはあの頃と同じように頭の中でぐるぐると考えていた。
「タカギくんは今日、ここにこられたのだから、もう大丈夫でしょう。イシザキくんにちゃんと、話をしてください」
先生はまだあの話は終わっていない、と言わんばかりに続ける。まだ、あなたたちがそうしたかった未来にはたどりついていないようですから。それだけ言うと、自分の席に戻っていった。
 
同窓会がお開きになり、会場の外でその後のことを相談する輪があちこちにできていた。
「お前どうする? あいつらとは行かないだろ」
誰とつるむでもなく、少し離れたところにいるタカギを見つけたイシザキが声をかける。
「帰るよ。なんか、やっぱちょっとダメだこういうところ」
「まあ、そんなことだと思った。悪かったな、無理やり呼んで」
イシザキの肩越しに次の場所に向かうやつらの姿が見える。
「イシは行かなくていいのか?」
呼んでいる声も聞こえた。だが、イシザキは「ごめん、また今度な」と大きな声で断った。
「タカギに会うのが目的だったから。今日はあいつらはいい」
「あのさ、」
タカギは初めて自分の気持ちを伝えようと思った。先生との話をここで終わらせないと、先へ進めないと思ったのだ。
「あのさ、イシ。さっき、まだ自分のこと好きだって、言ったじゃん」
「おう、言った言った。それがどうした?」
下を向いて呼吸を整える。泣きそうだけど我慢する。ずっと言えなかったことを、今伝えないと。
「あの時、ここを離れないとイシをダメにするって思ったんだ。きっと一時の気の迷いだと思って。でもダメだった」
「ダメだった? 俺が?」
「自分が」
みっともないな。そう思ったけれど、涙は止まらなかった。
タカギは、うう、と声を出して、泣いていた。ずっとこらえていたものが、いっぺんにあふれ出したのだった。
二人の横を通り過ぎる何人もの人が、なんだ、という顔をしていた。イシザキはタカギの頭を自分に寄せる。
どのくらいそうしていたか、ほとんどが次へ向かってしまって二人だけになった会場の前、タカギはようやく言葉を口にした。
「僕も、」
「うん」
「イシのことが、ずっと」
「うん」
 
 
好きだったんだよ、ずっと。それはたぶんイシザキにしか聞こえない言葉だった。
「ごめん。黙ってて」
「それが先生が言ってたことか?」
ようやく落ちついたのか、真っ赤な顔のまま笑った。子どもの頃からめったに見ない顔だった。
「まあ、そういうこと」
あの時の続きがはじまるんだな。どちらともなく歩き出した。