空想少年通信

素人物書きのつれづれブログ。

「逆向き列車」(第10回短編小説の集い 参加作)

はじめに

短編小説の集い「のべらっくす」さんの企画第10回。添嶋は6回目ですか。

テーマは旅だそうです。そういえば中学の時の作文の宿題のテーマも旅でした。んで、全然旅じゃない、やたら読点の多い作文を出したらその年の学校文集に載ったという、なんだかよくわからない思い出があります。

どうでもいいですね。

novelcluster.hatenablog.jp

今回は1500文字くらい。ちょっと短めです(すみません)。旅に出るまでの話です。というか、テレ東の番組にありそうなやつ、ですかね。

それでは、続きを読むからどうぞ。

 

「逆向き列車」

やっちまったかなあ、とアキタは車窓から目をそらす。
通勤途中に発作のように「会社に行くの嫌だな」と思ったのだった。
カバンの中は私物のパソコンと財布と定期。ここのところ不意の泊まり作業が多かったのと、コンビニでいちいち買うのももったいなかったのとで着替えが押し込んである。
昔は会社帰りにそのままの格好で適当な温泉街まで出かけて、週末をそこで過ごすというようなこともしたけれど、今みたいなことはさすがにやったことはなかった。

今の職場になってから何年たったかも覚えていない。
朝早くに出勤して、終電近くで帰る。そういう生活をもうずっと繰り返していた。
休みの日は起きるとほとんど一日終わっている。そうじゃなかったら終わらない仕事を片づけるために会社にいたりする。楽しみにしていることも昔はあったが、ことごとく仕事につぶされるようになってからは何もしないほうがいいと思うようになった。

疲れているのだ。アキタは深いため息をついた。

いつものように早朝、家を出て駅まで歩く。コンビニでパンとコーヒーを買う。改札を通り、いつものホームで電車を待つ。やってきた電車に乗り込み、いつも降りる駅で降りなかった。あと何駅か乗れば乗換えができるところにつく。何も考えずに行けるところまで行ってしまえばいい。そうアキタは思い始めていた。
形式上の始業時間はまだだった。連絡をとったところで誰かが受けてくれるとも思えないし、まあ、メールでも入れておけばいいだろう。そんなふうに思ってはみたが、実際にそこまでやる気にはとてもなれなかった。

ケータイを見る。
いくつかの新規メッセージと、数ヶ月前に誘われて、断りの返事をしてから音沙汰のなくなったメール。それくらいしかなかった。
日差しの強くなる直前の時間帯、人もピーク時に比べれば少ない。この格好ならば歩いていても誰も何も思わないだろう。朝練に向かうらしい学生があくびをかみ殺してつり革につかまっていた。

上司と喧嘩をしたのは数日前のことだ。社内の決定事項を直前になってひっくり返してきたのはよくあることなのだが、それをアキタの独断のように振舞っていたのでキレたのだった。彼とは配属以来相性がよくない。それは職場の誰が見てもそうで、ことあるごとに同僚に「いつものことだから気にするな」と言われていたし、アキタ自身もそう思うことですむのならそうしたいと思っていた。
理不尽な押しつれられかたをしたのはこれでもう5回目で、キレた瞬間に職場の空気が凍りついたのに誰もが気づくほどだった。
「あなたは自分に責任がかぶらなければそれでいいと思っているんですね」
怒鳴りたいのをこらえてそれだけ言うと、それ以来上司とは一言も言葉を交わしていない。

電車はするりと切り替えポイントをiいくつも抜け、人のあふれそうなホームに入る。
なるべく意志を持たないようにして、流されるように車両から吐き出され、倒されないように流れに乗って階段を下りる。出口、を一瞬見る。そのまますぐ隣の乗り換え口を抜けた。
電光掲示板の到着時間を確認する。すぐに乗れそうなホームに向かう。

体調が悪いので休みをとります

そう、ケータイからメールを出す。もうそろそろ誰かは来てるだろう。変なところで律義な性格にアキタは自分を「馬鹿なやつ」と心の中で切り捨てる。そのまま連絡が取れなくなってもいい。それは事実だった。どうせ責任をとるのは自分だからだ。
自由席の表示のところに立つ。まわりは出張に向かう人、遊びに出かけるであろう学生がまばらに並んでいた。ホームからはアキタの会社の広告が見える。それに向かって「ばーか」と唾をかけるように悪態をつく。熱を帯びて迫る列車は日常と非日常が混ざり合っていてアキタの存在を薄めてしまう。
アキタは誰も知らない人になり、誰も知らない人々に紛れて空いた車両に乗りこんだ。