空想少年通信

素人物書きのつれづれブログ。

天気予報 (第9回短編小説の集い 参加作)

はじめに

短編小説の集い「のべらっくす」さん企画。添嶋が参加して5回目。通算9回目だそうです。

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今回のテーマは雨だそうです。去年(あれ、一昨年?)、雨をテーマに掌編集を作って、文学フリマで頒布しましたが、雨はいろいろ喚起させてくれる、良いテーマですね。今回は、えーと、雨を降らせる人、の話し(たぶん)。3700字強かな。

では、続きを読む、からどうぞ。

 「天気予報」

朝、自分の持ち場に着くとスケジュールを確認する。月間の予定と、修正後の週間予定、それと明日の予報。
ワールドウエザー社に勤める彼の仕事は天気の調節だ。予報にしたがって、日光、雲、雨、風、時には雪や雷などのバルブやスイッチを調節するのがその役目だ。すべての気象が自在に操れるようになった現在、そのわりにはレトロな仕組みですべてを調節していた。
明日とあさっては雨。なんだ、あさっては雨になったのか。年間予定とのズレを調節ですか。降水量は、この辺は……けっこう細かいな。
スケジュールを決めるのは会社の企画部の仕事だ。その昔は国の専門官が行っていたのだが、50年ほど前に民間へ業務が移行され、今ではワールドウエザー社がこの地域の天候を制御していた。
学校の授業で空いっぱいの虹や、入道雲、うろこ雲、台風の目の作りかたを見せてもらってから、これを仕事にしたいと思ったのだった。そして今。ある程度なら予報の範囲内であれば自分の裁量で天候を調節しても大丈夫なまでになった。
彼は雨のバルブ調節がいちばん好きだ。雨降りを嫌と思わせないような、繊細な調節で見た目にも美しい雨を降らせる。せっかく梅雨の時期を残したのだ、嫌と思われないような期間にしたいといつも思っていた。
それにしても雨の調節だからって、この時期に持ってこなくてもいいと思うんだけど、どうしたもんかな。
 
さて。ここは小学校。
子どもたちは天気が人の手で調節されていることをもう知っている。先生たちが行事の予定を立てるときに、天候の予報と照らし合わせていることも知っている。
だからあさっての遠足が雨であることに納得がいかない。これはどういうことなんだろう。たしか雨の場合は中止って先生は言っていたはずだ。
「あさって雨だってテレビでいってたよ?」
「えー、だっていつも先生天気予報とにらめっこしてたじゃん」
「先生もおかしいっていってた。調べてもらうんだって」
どうやら当初配布された年間の予定とずれてしまっているらしい。天候を調節する設備が老朽化していることもあり、天気の予定がずれ込むことが増えてきたことはたしかだった。いつもなら、苦手な運動会なんかが雨で中止にならないかな、なんて思うこともあるが、遠足に関しては別だ。どうしても行きたい。だってこれは何ヶ月かに一度の楽しみなんだ。
教室はざわつく。なんかいい方法ないかな。
「おばあちゃんがてるてる坊主ぶら下げたらどうかっていってたよ」
「おまえ、あれただのおまじないじゃん。きくわけないよ」
「わかんないよ。意外と誰か見てて変えてくれるかも」
相談する声はだんだん大きくなり、ただの騒ぎになろうとする頃、担任が入ってきて一気に静かになる。教室を見回す子どもたち。先生、あさって、どうなりますか? 目はそのことだけを聞いていた。
 
放課後、少女はあることを思い出す。
近所の家のお兄さんが、天気を変えるお仕事をしていたはずだ。直接お願いすればいいんだ。
少女はランドセルを背負うと、一目散に家に帰っていった。
 
夕方。その日の仕事を終え、夜勤の担当者に引き継ぎをすませると、彼は肩をぐるぐると回しながら持ち場を離れる。そろそろあの機械も入れ替えてほしいよなあ。バルブの開け閉めに時間がかかってしかたない。これじゃあ、予報と実際の天気がずれるはずだよ。
上司にかけあってみたりもしたが、いまいち反応が鈍い。というのも、国会で天候の調節を自然にまかせたほうがいいのではないかという意見が出ていて、結論がはっきりするまでは機械の修理や更新に手を出せないというのだ。
んだよ、今まで全部他人の制御のほうが効率がいいとかいっといて、今さらなんで自然に戻さなきゃいけないんだ。
彼は正直なところ、不満だった。この仕事がしたくてここにきたのに。
「おつかれーす」
ここのところの納得いかない感じを引きずるようにして会社を出た。
今日の空は同僚のNの仕事だ。彼の作る夕空は他の誰の夕空よりもきれいだと思う。今日のような雨の日だって、夕空の時間は西のほうがほんのり明るかったりする。自分にはとてもできない繊細な調節なのでうらやましいとさえ思っていた。
「この調子だと雨にするのもったいないなあ。せっかく西の空がきれいに光ってるのに」
わざと声に出した。そのほうが物事がいいほうにいくような気がするからだ。彼の小さい頃からの癖だった。
 
家に着く頃、自分の家の前に少女が立っているのが見えた。近所の子だ。少女は明らかに自分を待っているようだった。彼の姿を見つけると、ぴょんぴょんと跳ね、手をぶんぶん振りまわして合図してきたからだった。
駆けよってきて、彼女は前置きもなにもなしでいきなり言い出してきた。
「あのね、あさって晴れにしてほしいんだけど。ダメ?」
いきなりのことに、どうしたんだろう、という疑問がわいた。通常はこんなこといわれても「仕事だからダメ」と断るところなのだが、今日はなぜかとりあえず聞いてみる気になっていた。
「あさってなんかある?」
「遠足。隣の町の森林公園まで行くんだけど、晴れていてくれないと中止になっちゃうんだ」
それならたしか昼間、学校から問い合わせのあったあれだ。最終的にどう返事したかまでは知らないけれど、予定は予定と突っぱねてしまったんじゃないだろうか。
「どうして晴れないとダメ?」
「うん。あのね、春からずっと計画を立ててるんだ。なのに予定が代わったりしたらみんながっかりするでしょ」
ああ、そういうことか。だけどあさってはここのところの天候のズレを修正するために雨の予定にしていたはずだ。今さら変えられない。
「でも、このあとも何回か遠足はあるだろ?」
「お兄さんだって楽しみにしていたことが中止になったらがっかりしない?」
なるほど、それはたしかにそうだ。だけどこれは自分の判断で変えてしまってもいいものだろうか。あまりいいとは思えない。
「ちょっと考えておくよ」
彼は少女の頭を優しくなでると「おうちの方が心配するから、もうお帰り」と促した。
 
「あのさ、あさっての天気変えちゃまずいかな」
彼は帰宅後、音声通話で同僚に連絡をとった。
「んー、ばれちゃうとまずいんじゃないの、いろいろと。どうしたの」
「あさって、遠足の学校が多いらしいんだわ」
年度当初の予定をひっくり返してあさっての天気予報を確認した上で、軽く近隣の学校の予定を調べていた。
「あー、昼間所長が電話受けてたやつ」
「そうそう。あれなんとかなんないかなーって」
「まずいんじゃないの、本当は……あ、違う、ちょい待ち」
同僚は、なにかを操作しながら続ける。あったあった。なんでこんな決まり残してたんだか、さっぱりわからなかったけどそういうことか。つぶやきの意味がさっぱりわからない彼は「なにが『こんな決まり』なんだよ」と不満そうにいう。
「雨除けのおまじない、おまえ知らないか?」
 
天気予報よりも早く、夜には雨が降りだす。また機械が故障してるのかな。
少女は窓の外を眺めて、やっぱダメだったか、と肩を落とす。
「ゆか、あんた、昼間、関口さんになにかお願いした?」
母親が電話を片手に聴いてきた。関口さんはさっき話をした天気を変える仕事の人だ。
「うん。あさって晴れにして、ってお願いしたよ」
「関口さんから電話かかってるんだけど、どうする?」
 
雨は次の日の昼過ぎに小降りになる。本来なら一日中降るところを早めに切り上げた形だ。
しかも、森林公園の辺りはきれいに雨雲が避けていた。
「あれ、効くんですか?」
「法律上はまだ失効してないんだよ。間にあってよかった」
近隣のすべての小学生の家の軒先にはてるてる坊主がつるされていたのだ。
あの日の夜、彼から連絡を受けた少女から、同級生へ、そこから兄弟を伝って他の学年へ、別の学校へと連絡が回り、またたく間につるされたのだった。
この国の法律では「雨の予定地域のうち、一定割合の家庭にてるてる坊主がつるされた場合、天候は晴れとする。また、形式上雨乞いとされる儀式が遂行された地域には一定期間降雨を優先する」という条文がある。彼とNはそれを利用したのだった。
「ま、俺らが先導したってばれるとまずいけどな」
「機器の更新をしない奴らが悪いっていえばいいよ」
正直なところ、ここまで上手くいくとは思わなかったのだ。前例がなかったわけではないが、厳格に管理されているはずの天候が、外部から制御できるなんて。それはともかく、これなら明日の遠足も晴れにできそうだな。
「よくそんなの覚えてたな。俺、その法律の存在自体知らなかったぞ」
「学生の時にこれのせいで単位落としそうになったんだよ」
なんだそれ、と彼は笑う。ともかく、これで遠足は無事にできるだろう。
学校からの問い合わせがなかったわけではないが、資料片手に説明をすれば納得された。エリア外の部分で多少降水量が増えるが、そもそもこの日だって辻褄合わせのために雨の予定だったのだ。もうすこし後ろにずれ込んでもたいしたことはないだろう。もっとも上司からはなにかは言われるだろうけど。
なんて言い訳するかな。そんなことを思いながら、天候の制御を細かく行う。もうあと一日は雨のバルブは固く締めとかないとな。