空想少年通信

素人物書きのつれづれブログ。

「きみのようにはなれない」(第11回短編小説の集い 参加作)

はじめに

短編小説の集い「のべらっくす」さんの企画第11回。添嶋は7回目。

テーマは「祭り」。これをご覧の貴兄は祭りは好きだろうか。僕は好きだ。屋台も祭りそのものも、祭りに出かけてきているちょっと浮き足立った人を見るのも好きだ。同級生が浴衣を着ているのを見かけて、ちょっといつもと違う気持ちになるのも好きだ。

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というわけで、続きを読むからどうぞ。3000字弱くらい。

 「きみのようにはなれない」

買ったばかりの甚平が意外と風通しがよくて、暑いからと下になにも着てこなかったことをヤマウチは少しだけ後悔した。せめてタンクトップくらいは着てくればよかったと思う。
誰かに誘われていく祭りなんて初めてだったから、格好とかそういうことを気にするなんて頭になかったのだ。
せっかくだから祭りっぽいカッコしていこうぜ、と同級生のヤマナカに言われて商店街に安く売られていた甚平を二人で買って、今日がそのはじめて袖を通す日だった。
神社の参道はこの町にこんなに人がいたのか、と驚くほど、すれ違うのも気を使うくらいにごった返していた。
ヤマウチとヤマナカは同じクラスの前と後ろの席だ。たまに話すこともあるし、あまり話さないこともある。桜の咲く時期にほんの少しだけ仲がよくなって、それ以来だ。
「なに、そんなに気になる?」
ヤマナカはカキ氷をしゃくしゃくやりながら、ヤマウチが自分の格好の不慣れさにもぞもぞしているのを見ていた。
「初めて着たからなんかちょっと変」
「みんな似たようなカッコしてるんだからいいじゃん。こんだけ人がいたら誰も気づかねえよ」
たしかに隣の夜店のところまで動くのに足踏みかと思うくらいのスピードでしか動けないような人の中で、目の前にいてもすれ違っても気づかれることはほとんどなかった。たまにヤマナカと仲のいい同じ部活のやつらが「おお。いたんだ」なんて片手で挨拶しながらそのまま人の流れに乗って見えなくなるくらいだった。

狭い参道を抜けると少しだけ広くなった場所に出る。
神社の本堂では太鼓や笙の音とともに、祭りの成功を願う人々が祈祷をささげていた。
「ついでだからお参りしていこうぜ」
ヤマナカに促されるようにして、本堂のそばまで行く。
賽銭箱にあたって落ちていくお賽銭の音が耳に届く。二礼、二拍手、一礼。いつだったか、親に教わったとおりにお参りをすませる。
「ヤマウチ、なにお願いした?」
言われてヤマウチはなにも考えてなかったな、と思った。頭を空っぽにして、ただ頭を下げてきたような気がする。
「……お願いするの忘れた」
ヤマナカはなんだよそれ、もったいなー、といって笑った。確かにもったいなかったかもしれない。今みたいな状態が少しでも長く続けば、と思ったりもしたが、それはそれでなんだかわがままな気がした。
「もったいなかったかな」
「俺なんか山ほどお願いしたけどなあ」
なにそれ、とヤマウチは笑う。テストだろ、部活のレギュラーだろ、彼女もほしいし、あとなんだ。そうやって列挙していくヤマナカの願いを聞いて自分もなにかひとつくらい言えばよかったかな、と思った。

「ちょっとしょんべん。カキ氷一気食いしたら冷えた」
そういってヤマナカは人気の少ない、公衆トイレに向かう。ヤマウチはそれを途中まで追いかけ、すこし離れたところで待つことにした。あまり暗すぎるところは苦手だったし、なんだか蚊にさされそうな気がしたからだ。
「ヤマナカ」
参道のほうから女子の声がする。ヤマウチは自分のことじゃないから返事をしなかった。たぶん、ここが他よりも暗いせいで、立っているのがヤマナカかそうじゃないかの区別がつかないのだろう。もうじき戻ってくる、というべきかどうか迷っていた。
「あのさ、ちょっとだけいいかな」
女子の声は続く。この声はたぶん隣のクラスのハシモトだろう。ヤマナカと同じクラスになったことはあっただろうか。ヤマウチとは何度か同じクラスになったことがあるはずだ。向こうがどう思っているかは知らないけれど、たぶんヤマウチだと気づいたらひどく嫌な顔をするだろうということは想像がついた。
「あたしね、ヤマナカのこと好きなんだ。」
下駄を履いているらしい足音がヤマウチのすぐ後ろまで近づいていた。これはおそらく聞いてはいけない言葉だ。ハシモトはたぶんここに立っているのが自分だと気づいていない。もしうっかり声を上げてしまったら。もしこのタイミングでヤマナカが戻ってきたら。そう思うだけでヤマウチは身動きも、なにもできなくなった。
「いるの見つけて、今、言わないと、って思ってさあ」
ハシモトの告白は続く。そんなに経っていないのだと思う。だけど、その時間は何時間にも感じられた。
「今すぐじゃなくていいからさ。二学期始まったらでいいから、返事ほしいな」
ヤマウチは思わずうなずいた。
「ありがと。またね」
遠くからハシモトを呼ぶ女子の声がした。ごめーん! ハシモトは下駄の音を鳴らして、声のほうに行ってしまった。

「ごめん、時間かかった」
目の前で声がしてヤマウチはびっくりした。いつの間にかヤマナカが戻ってきていた。
「あ、うん」
「どした、お化けでも出たか?」
ヤマウチは、ぼんやりしてたから、と答えた。ちょっと考え事してた。
お前いつもぼんやりしてるからな。ヤマナカはヤマウチのおでこをつつく。
ヤマウチはさっきのできごとをヤマナカに話すべきかどうか迷っていた。頭では話したほうがいいことはわかっている。たぶん一字一句間違えずに言うことはできる。誰から言われたか。どんなことを言われたか。どうしてほしいか。だけど。
「ヤマナカくんてさ、好きな人、いる?」
「どっからそんな話が出てくるのさ」
「いや、……僕たちって遠目から見たら似てるかな」
おそらく今ならすぐに違いがわかったと思う。自分たちは似ていない。いや、もう少し近づいていたらきっと暗がりでもわかったはずだと思う。なのに、どうしてあの距離であんなことを言ってきたのか。「ハシモトさんがヤマナカくんを好きだって言ってたよ」と言えばすむ話なのに、なぜ言いたくないと思うのか。わからないことばかりでどうしようもなくなっていた。
「あー、でも今日、似たようなカッコしてるし、わかんないやつもいるんじゃねえの」

神輿が境内に入ってきて、さっきよりも人が増えてきた。
「見に行こうぜ」
ヤマナカがヤマウチの手をひいていちばん人のいる場所に割って入ろうとする。握られた右手が熱い。なんども人にぶつかり、靴が脱げそうになってもついていく。はぐれないように追う、左後ろから見るヤマウチの顔を見てさっきのわからないことのなにかがわかってきた気がした。
迫ってくる神輿から逃げるように何度も後ろに下がる。つながった手が離れる。祭りの装束の人たちがわああ、とも、うおお、ともつかない声を上げて流れ込んできた。少しずつその場から動いて、社務所の近くに逃げたヤマウチはヤマナカを探す。
似たような格好をした人が多い。ああ、これじゃあ、わかるわけがない。神輿の勢いが増すにつれて、その場の光景がスローモーションのように流れていくような気がした。
「あぶねー。大丈夫か?」
するりと横に来たヤマナカがヤマウチを気遣う。考えてみれば、彼は自分専用の誰かではないのだ。ちゃんと、伝えないといけない。
「あのさ、さっきの話」
「さっきのって?」
本当は今ここで言うような話じゃないことはわかっていた。だけど、ここで言わないと全部が宙ぶらりんになってしまうような気がしたのだった。それがたとえ自分の言葉ではなくても、伝えなくちゃいけない。偶然とはいえ、聞いてしまったのだから。
「ハシモトさんがね、ヤマナカくんのことを好きだって言ってた」